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高齢者向けテクノロジーの採用・継続利用に影響する要因:普及・定着のための研究動向と政策的示唆

Tags: 高齢者テクノロジー, 社会実装, 利用促進, 研究動向, 政策提言, ユーザビリティ, デジタルデバイド

はじめに:テクノロジー普及における「採用」と「継続利用」の重要性

超高齢社会において、テクノロジーは高齢者のQOL向上、健康維持、社会参加、そしてケアサービスの効率化に不可欠な要素となりつつあります。しかし、革新的なテクノロジーが開発され、市場に投入されたとしても、それが実際にターゲットである高齢者によって「採用」され、継続的に「利用」されなければ、その真価を発揮し、社会課題の解決に貢献することは困難です。

これまでの研究や実証事業では、技術的な機能性や有効性だけでなく、高齢者がテクノロジーを受け入れ、使い続けるプロセスに影響を与える多様な要因が存在することが示唆されています。政策立案やサービス設計においては、これらの要因を深く理解し、対応策を講じることが、テクノロジーの社会実装を成功させる上で極めて重要となります。本稿では、高齢者向けテクノロジーの採用・継続利用に影響する主要な要因、国内外の研究動向、そしてそこから得られる政策的な示唆について考察します。

高齢者のテクノロジー採用・継続利用に影響する多角的要因

高齢者のテクノロジー利用行動は、個人の属性、心理状態、社会的環境、そしてテクノロジー自体の特性など、複数の要因が複雑に絡み合って決定されます。主な影響要因として、以下の点が挙げられます。

1. 技術的・製品特性要因

2. 認知的・心理的要因

3. 社会的・環境的要因

国内外の研究動向と事例からの示唆

高齢者のテクノロジー受容に関する研究は、情報システム受容モデル(Technology Acceptance Model: TAMなど)をベースに、高齢者の特性(認知機能、身体機能、社会経済的状況など)を考慮した拡張モデルが提案されています。これらの研究は、知覚された使いやすさや有用性が利用意図に強く影響する基本的なモデルに加え、高齢者の場合はテクノロジー不安や自己効力感、社会的サポートといった要因がより強く影響する可能性を示唆しています。

例えば、スマートフォンの利用に関するある調査では、高齢者の利用障壁として「操作が難しい」「視力が悪くて見にくい」「利用料が高い」といった製品特性や経済的要因に加え、「自分には使いこなせないと思う」「壊してしまうのが怖い」「周りに聞ける人がいない」といった心理的・社会的要因が上位を占めることが示されています。

海外の先進事例では、利用促進に向けた具体的な取り組みが行われています。英国のある取り組みでは、高齢者を対象にタブレット端末の無償貸与と、操作方法だけでなくオンラインでの趣味活動や地域情報へのアクセス方法を教える伴走型のデジタルリテラシー講座を実施しました。単なる操作スキルの習得だけでなく、テクノロジーを使って何ができるか、生活がどう豊かになるかを具体的に示すことで、参加者の利用意欲と継続利用率を高める効果が報告されています。また、オランダのある介護施設では、ロボットセラピーの導入にあたり、利用者だけでなく介護スタッフへの丁寧な研修と心理的な受け入れ支援を行った結果、施設全体でのロボットに対する肯定的な態度が醸成され、継続的な利用につながった事例があります。

これらの研究や事例は、高齢者向けテクノロジーの普及・定着には、単に高品質な技術を提供するだけでなく、利用者の「使ってみよう」「使い続けたい」という内発的な動機を引き出し、それを支える外部環境を整備することの重要性を示唆しています。

社会実装と政策への示唆

高齢者向けテクノロジーの普及・定着を促進し、社会実装を成功させるためには、上記で述べた多角的要因を踏まえた政策的アプローチが不可欠です。

  1. 利用者中心設計(User-Centered Design)の徹底: 製品・サービス開発の初期段階から、多様な特性を持つ高齢者の意見やニーズを深く反映させる設計プロセスを義務付け、使いやすさやアクセシビリティを担保するための標準やガイドラインを策定・推奨すること。
  2. デジタルリテラシー教育とサポート体制の強化: テクノロジー不安を払拭し、自己効力感を高めるための、高齢者に特化した、実践的で継続的なデジタルスキル習得機会の提供。地域における相談窓口や、ボランティアによる訪問サポートなど、物理的・心理的なアクセス障壁を取り除くための支援体制構築への投資。
  3. 情報提供と効果の「見える化」: どのようなテクノロジーが、どのような課題に対して、どのような効果をもたらすのか、科学的根拠に基づいた情報を分かりやすく提供すること。実証事業の結果や、利用者の声などを積極的に発信し、テクノロジーへの信頼感を醸成すること。
  4. 経済的負担の軽減: 低所得高齢者や、特定のテクノロジー(例:補聴器、通信機器)の導入に対し、補助金や税制優遇などの経済的支援策を検討すること。レンタルやサブスクリプションモデルの普及促進も一案です。
  5. 社会全体の意識改革: 高齢者のテクノロジー利用に対する肯定的な社会規範を醸成するための啓発活動。「高齢者でも使える」ではなく、「高齢者だからこそ使える」技術の可能性に焦点を当て、エイジズム(年齢差別)に起因する偏見を払拭すること。
  6. データ収集と効果検証の推進: どのような要因が採用・継続利用に影響しているのかをより深く理解するために、実利用データの収集・分析や、大規模な効果検証研究を推進すること。これにより、エビデンスに基づいた政策やサービス設計が可能となります。

結論:利用促進を起点とした社会実装の展望

高齢者向けテクノロジーの社会実装は、単なる技術開発の範疇を超え、人間の行動、心理、社会環境といった多角的な側面を考慮する必要があります。特に「採用」と「継続利用」は、テクノロジーが実際に社会へ浸透し、その恩恵を広く行き渡らせるための決定的な要素です。

今後、研究開発においては、単なる機能追求だけでなく、高齢者の多様なニーズと能力、そして利用環境に寄り添ったユーザー中心設計がより一層重視されるべきです。また、政策においては、デジタル格差の解消、リテラシー教育の推進、経済的支援、そしてテクノロジーに対する肯定的な社会環境の醸成といった、利用促進を起点とした包括的なアプローチが求められます。

これらの取り組みを通じて、テクノロジーが未来の高齢社会において、一部の利用者だけでなく、より多くの人々のQOL向上と社会参加に貢献する力となり得ると考えられます。継続的な研究と政策実践の連携が、その実現に向けた鍵となります。